転倒すると
病棟患者は
内的因子(加齢や原疾患に伴う平衡感覚・視力・筋力の低下など) や
外的因子(慣れない部屋・多くの医療器具など)
状況的因子(慌てて歩くなど)
によって、転倒リスクが高い。
こうした患者は転倒すると骨折や脳出血が生じる事があり、長期間の入院で身体機能が低下し、施設に収容となり、最終的には寝たきり・死亡する負のスパイラルを呈する。
つまり、転倒時に頻度が高く重篤化する恐れがあるものは骨折と脳出血であり、最低でもこの2疾患の対応知識が求められる。
もし病棟患者が転倒したら
VSとABCDE確認 OMI開始
病棟患者が転倒していたら、まずはVS(バイタルサイン)を測定します。
そして、AABCDEを確認しましょう。
AABCDEとは
生命維持のため早急に問題となる点がないかを評価するスケールのこと。
A:appearance 表情や様子
A:Airway 気道
B:breath 呼吸
C:circulation 循環
D:dysfunction of CNS 中枢神経症状
E:exposure 体表、外傷
の頭文字をとっています。
上から順番に確認します。
気道閉塞があれば極端な話ですが挿管が必要ですし、気道は問題なくても血圧が低ければ補液や昇圧剤の使用が必要になる、といった考え方です。
大袈裟に思えるかもしれませんが、例えば転倒の契機が単なるつまずきではなく、大動脈解離や心筋梗塞、意識消失の可能性も有る訳です。
大動脈解離や心筋梗塞は背部や胸部の疼痛を訴え、早急に対応しないと急変して死に直結しますから、きちんとABCDEでフィルターをかけた方が良いでしょう。
ABCDEに問題なければすぐに死ぬことはないと判断して次に進みます。
詳しくは別の回で。
OMI
O:酸素
M:モニター
I:静脈路確保
の頭文字をとっています。
静脈路確保についてですが、今後急変して早急に薬剤投与を行わなければならない時のために静脈路は確保しておいた方が良いです。
診察・検査
全身の診察を行い、疑われる疾患に対して検査を行います。
ここではABCDEで異常所見もない、つまり単なるつまづき転倒を仮定して説明します。
(激しい転倒であれば救急外傷の流れに準じてFASTなどやらないといけなかったりしますが、それは別の回で説明します。)
診察
まずは中枢神経症状がないかを診察します(ABCDEのDに該当しますが)
・意識レベル(JCS、GCS)の測定
・脳神経
Ⅱ・Ⅲ・Ⅳ・Ⅵ
瞳孔の左右差・対光反射の有無
視野の欠損の有無
手で片目を隠し、視野範囲の中央と上下左右4隅角に振動指ハートをして、見
えているかを確認する
Ⅴ
V1,V2,V3領域の左右をそれぞれ触り、知覚に左右差がないかを確認する
Ⅶ
額のしわ寄せ、閉眼、口唇突出を指示し、左右差がないかを確認する
Ⅷ
左右の耳元で指を鳴らし、聴力に左右差がないかを確認する
Ⅸ・Ⅹ
発生してもらい、カーテン兆候(軟口蓋運動の左右差)がないかを確認する
Ⅺ
胸鎖乳突筋と僧帽筋を触診し、左右差をみる
Ⅻ
舌を突出させ、偏位がないかを確認する
・四肢の障害
Barre徴候
両手を前方に伸ばし、掌を上に向け、10秒閉眼してもらう。
片方の手が落ちてきたら麻痺が疑われる。
Mingazzini
仰臥位で下肢を屈曲してもらい、維持してもらう。
片方の足が下降したら麻痺が疑われる。
・小脳の機能
指・鼻・指試験
診察者の指を動かしながら、診察者の指と被験者の鼻を交互に触ってもらう。
回内・回外試験
上肢を回内・回外してもらう。
踵膝試験
検査する下肢を挙上させ、もう片方の足の膝に当て、踵まで滑らせる運動を4
回程度反復してもらう。
上記の診察で脳神経障害が疑われた場合は転倒の頭部外傷に伴う脳出血や脳梗塞の恐れがある。
次に、全身の診察をする。
1人が頭からつま先に向かって診察を進める。
頭部:頭部を触って痛い所がないかを聞く。
頭部を一通り触ったら、グローブに血が付着していないかを確認する。
頭皮を掻き分け、挫創や裂創がないかを確認する。
胸腹部:体表上の病変に加え、肋骨を1本ずつ触ったり背部を叩打して疼痛がないか
を確認する
四肢:体表上の病変に加え、関節を屈曲伸展させ、可動域に制限がないかを確認する
全ての骨を触り、疼痛がないかを確認する
検査
高齢者の転倒であれば頭部の単純CT撮影は許容される。生産年齢の転倒でも転倒
の程度や意識喪失の有無を考慮し、単純CT撮影を行う。小児は余程の症状がない限
り行わない。
全身の診察で骨折などが疑われる疾患があれば、追加でX線撮影が求められる。
骨折が疑われたら
CTやX線画像より骨折が疑われる場合は骨折部位に準じた専門診療科に対診する。
転倒による骨折で多いのは
脊椎椎骨骨折(背骨):腰背部痛があると疑わしい。CTで診断可能。
大腿骨近位部骨折(股関節):激しい疼痛に加え、患部下肢が相対的に短くみえる。
股関節正面X線やCT撮影で診断可能。
橈骨遠位端骨折(手首):手から着地すると疑われる。
手関節X線の正面にてradical inclinationの減少
ulnar variance(橈骨短縮で尺骨が長く見える)
手関節X線の側面にてPalmar tiltの変化
が認められる。
上腕骨近位端骨折(肩):手や肩から着地すると疑われる。
肩関節X線の正面
肩関節X線の側面(スカプラY)
時にCT を用いて診断する。
対診するにあたって、予め適切な画像検査と診察所見を取っておく必要があるため、最低限の知識が求められる。
脳出血が疑われたら
頭部単純CTにて
midline shift(脳の正中線の偏位)
左右非対称な高吸収域(脳出血部)
があれば脳出血が強く疑われる。
脳出血を起こした場合、受傷直後に脳神経症状や意識障害が生じるとは限らず、数時間かけて障害が露呈するケースが多い。
従って、受傷直後にCT撮影して脳出血が疑われたら、
・脳圧降下剤(マンニトール)で出血に伴う脳の浮腫を軽減する
・降圧剤(ニカルジピン)で降圧して出血を緩和する
・全身止血剤(アドナ・トランサミン)で止血を試みる
・意識障害や脳神経障害がないか、常に声掛けや神経診察をする
を行いながら、3時間後に再度CT撮影し、高吸収域部(脳出血部)の拡大がないかを確認する。
病変の拡大がなく障害もみられない場合はCTと脳神経障害のfollowを行いながら経過観察し、病変に拡大があり障害がみられる場合は緊急手術になる場合が散在されるが、病変部位や患者の耐術性などにも依存するため、以降は脳神経外科にお願いする。
問題ない場合のfollowは
上記の流れで骨折や脳出血が疑われない場合は終わりかというと、そういう訳ではない。X線やCTでは判断できない微小疾患が潜在されるかもしれず、無いと断言できないからだ。
とはいえ骨折や脳出血が有るとも診断はできないので、症状がないかを確認することが重要となる。
脳出血の観点では、受傷後数日間の間に嘔吐や頭痛、麻痺などの症状が生じていないかの確認が必要。
骨折の観点では、受傷後に疼痛が残存・新出する箇所がないかの確認が必要となる。
受傷直後の診察で異常所見がなくても数日後に症状が顕性化することがあるため、数日間は頭の片隅に入れて留意する必要がある。